高野登講演会 ~ホスピタリティーの追求とその心~
3月7日に浦添市てだこホールで
高野登~ホスピタリティーの追求とその心~「縁を深めて、絆にまでするには」の講演会があり、1000名を超える高野氏の1時間半の講演を聞き入った。
北大東島の15歳の卒業式
北大東島に行き、中学校の卒業式に参加する機会があった。今の日本のカタチを考える上で、この15歳の卒業式に教えられることが沢山あった。南大東島には高校がないしたがって15歳の卒業式は、島から巣立って行くことになる。「今まで育ててくれた親や島の人々に感謝を述べて巣立っていくのである。私の生まれて長野県にもかってこの様な子どもたちがいた。」北大東島にはかつての日本の本当のカタチが存在していた。
あたり前の基準
今の日本はあたり前の基準がない。それぞれを判断する基準を持っていない。大人があたり前の基準を持っていないから子供達に伝わらない。「例えば、煙草盆を持ってくるように子供に言った。そして、子供は煙草盆を持って来たが灰皿とマッチがない。子供に灰皿とマッチがなければ煙草を吸えないじゃないかと」そして、次に同じことを子供に言ったら、「今度は灰皿とマッチを煙草盆に載せて持ってきた」大人はその子供に対して。よく出来る子供だとほめてやる。そのような日常の中で子供は成長をする。
アメリカインディアンの諺
「子供を老人を離して育ててはいけない」という諺がアメリカインディアンにある。
1974年に渡米した。その時に地下鉄や当時国鉄の電車い優先席はなかった。渡米して24年後に帰ってきたら、電車に優先席が設けられていた。この優先席という仕組みを考えてみる必要がある。仕組みが出来上がることによって、本来日本人が培って来た基準を元に、優先席は設けれれたはずだった。しかし、優先席ができて何年かするとそれは、一つの仕組みとなり、人の心の基準とは違った運用がされるようになった。本来、優先席というのは必要がないものであり、電車に乗る人々の基準が曖昧になり、つまり、お年寄りや身体障害者や妊産婦といった方に席を譲るというのはあたりまえとして本来日本人が備わっていたはずでのあたりまえの基準が無くなってきたからだ。
居酒屋の呼び鈴も同じで、従業員に用事があれば呼び鈴を鳴らすということなのだが、この呼び鈴を当初、導入した際に経営者であったり店長であったりした人は、きっともっとお客様に不便の無いような仕組みを導入したはずだった。しかし、今は、呼び鈴が押されなければ空いたビールも皿も下げに来ない。たとえ、従業員がその横を通ったとしても
ビールも皿も下げることはない。
感動とは大きく心を動かされることだけではない
感動とは、大きく心を動かすことだけではない、小さなことにも心を動かされる。とリッツカールトンでは言っている。感情の動きをシステム化(マニュアル化)によって動かなくなってきた。
「
江戸しぐさ」という、日本における江戸町方の商人道、生活哲学・道といった意味があるのですが急激な江戸の町の人口増加などによって例えば雨の時に道を歩くといった場合に「傘かしげと」いうのは、雨の日に互いの傘を外側に傾け、ぬれないようにすれ違うこと。「こぶし浮きかせ」渡し舟を渡る際にこぶし一個分づつ詰めることによって急を要している人に独り分の席を作ることなどがある。
ホスピタリティー・サービス・おもてなし
おもてなしの語源は
聖徳太子の十七条憲法言葉から来ている。「和をもってとうとしとなす。」からきている。この和をもってがおもてなしという意味だ。
何をもって何をなさなければならないか。ホテルをやっているという思いはない。自分の持っている景色をと高野氏は
「景色」と言っている。長野県で育った600人足らずの村落の大人の基準を「景色」と言っている。
誰でも言われたら出来る。自分から一歩、あるいは、半歩あゆみだすことが重要だ。例えば演題にあるペットボトルとコップを例として、講演の前に講演者がのどが弱いかもしれないので、ペットボトルの水をコップに注いで置いたほうが良いかといった配慮なのである。解っていることを実行に移すっことは難しい。自分の中にイメージをつくる力を養う。つまりイマジネーションの力を養うこと。このことが出来なければ、ご縁も絆も逃げていく。
続く・・・。
カーテンと鋏
カーテンの中に三人の方がいます。そのカーテンの中の人に鋏を用意して下さい。
色んな鋏のあるなかで、裁ちばさみを準備して三人のカーテンの前に置き、その後、カーテンが開いた。
そこにいた人は右の片腕がない人だった、次ぎの人は年寄りで、次ぎの人は小さな女の子であった。
三人に必要な鋏は一つも無かった。
この教訓の中で解ることは、自分のモノサシで相手を見ているということ。相手に一歩近づくことは、話をすることである。この対話を通してウォンツを知る。このような心の働きを習慣化すること。日常の中で何を大切にするかが重要。
おもてなしの真理は日常に宿っている。芸術は細部に宿るとはまさにそのことを指しているのではないか。
おもてなし三箇条とは、
一、ふるまい
二、しつらい
三、よそおい
この三か条に「自分のアンテナを磨いて行こう」と高野氏は観衆に呼びかけた。
企業は何の為にあるかと、その企業に働くことによって自分が成長していく。企業は働く人の成長の責任を持っている。
沖縄では日本で失われた信仰の概念が残っている。信仰とは「祈り」である。宗教とはお金儲けだが、信仰とは「祈り」を通じた暮らしがあるということだ。様々なことに感謝をする心があるということだ。南大東島の15歳の卒業式で
今まで育ててくれた両親に感謝し、祖父母に感謝し、親類縁者に感謝し、先生に感謝し、そして、島の人々に感謝をするそのおこないこそ「祈り」に通ずるものを感じる。
昨日やっていないあった事を今日からやることを進化という。少しだけ自分を変えることによって、社会が良くなってくる。
桃太郎とキビ団子
桃太郎が鬼が島に行く際にお供に従えたのが犬・猿・雉だった。犬と猿は犬猿の仲と言われる程なかが悪い。それに、騒々しい雉をお供に従えた。その際に使ったのがキビ団子だった。
自分だけのキビ団子を持とう。そして、そのキビ団子を使って、「縁を深めて、絆にまでする」ことを始めよう。
今日ここに集まった人々が1000名いる。その1000名の人が5人にこのことを話しをして、そして5000名の方が又5名の方に話しをする2500名の方となる。そして、浦添の人口の10万人になる。日本一住みやすく、絆に満ちた浦添市が誕生する。それに向けて行動して欲しいと高野氏は呼びかけた。
高野登氏の言葉に共感することが多々あった。その中で、「天は必ずその人のおこないを見ている。天は貴方のおこない応えてくれるだろう」といった言葉であった。不覚にも、涙だで高野氏の姿が霞んで輝いているように見えた。
この講演内容はメモ書きを元に書き起こした。聞き逃したところは、講演会の隣りに座っていた
四国ドリームビズの亀山初美さんとブライダルアドバイザーの仲宗根麻衣子さんにメールで尋ね書き起こすことができました。亀山さんと仲宗根さんに感謝いたします。ありがとうございます。尚、この内容は、自分の主観に基いて書き起こしたものです。1000人あまりの人々が参加した講演会なのでそれぞれの受け方が異なると思います。コメントを頂ければ高野氏の思いを共有して発展させることができますので宜しくお願い致します。
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