2011年07月11日

舞台朗読家 熊沢南水

7月2日のFMたまん ビタミンFM 沖縄元気塾!のゲストは舞台朗読家の熊沢南水さんをお迎えしたました。熊沢南水さんとは、「義足のランナー」島袋勉さんの出演の依頼の為に今年の1月下旬に、島袋さんに会いに西原のラシーマにお伺いした際に、熊沢南水さんと初めてお会い致しました。その際に、是非、僕の番組に出演してほしいとお願いして、ようやく出演をして頂きました。 舞台朗読家 熊沢南水

熊沢南水さんと沖縄の出会いは大変古く21年間にもおよぶという。そして、明日(7月3日)てんぷす館での公演は6回目となり、てんぷす館オープン以来、公演を続けているという。ここ糸満市との関連をお聞きすると、西崎にある「桜屋」に8年間公演をさせていただいているが、5年前より店主の都合で糸満市での公演が無くなってしまった。是非、糸満で公演を再開したいと。

熊沢南水さんが何故この世界、つまり舞台朗読家になろうとしたのかとお聞きすると。その話をする前に生い立ちを話された。昭和16年東京で生まれる。実家は大変裕福だったが、父が6歳の時に亡くなり、家業も傾き、母の実家である青森県西津軽の寒村へ移り住む。その生活は、東京の暮らしとは大きく違い、納屋のようなところで暮らし、冬の寒さは想像を絶するものだった。いつか東京へ帰ろうと心に決め11歳のときに養女として東京へ、再び東京の生活が始まる。しかし、学校へ転入した際に教室で自信満々と自己紹介をした際に、クラスメイトから笑われた。津軽なまりの喋りが笑われたのである。その言葉へのこだわりは、その時に芽生えた。そして、21歳で結婚。厳しい姑に仕えながら5人の娘を育てる。そして、40歳のときに二度目の転機が訪れる。言葉へのこだわりは、カルチャーセンターの語り口の講座に通うようになる。その時に幸田弘子が朗読する樋口一葉のカセットを聞き感動する。この道を究めたいとの思いから30年、今年70歳になった。



番組では、番組中盤で熊沢南水さんの朗読を10分間放送した。マイクの前で姿勢を正して語りはじめた。僕は目を閉じてその話を聞いていた。いつの間にか、その話の情景が目の前に広がり、そこにはすでに、語り部としての熊沢南水はいなく、その情景そのものが展開している。「物語」とは「ものをかたる」朗読とは、その「もの語る」ということではないかと。



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Posted by 高橋進 at 10:24│Comments(0)ビタミンFM
 
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