2021年10月07日
養老馬牧場に行く

ホースガーデンちゅらんで沢山の馬を見ながら思い出したことがあった。子どもの頃、父が軍服で馬に跨っている写真が飾れていた影響なのか、今では何故こんなことを考えていたのかと。掘立て小屋の長屋が連なる東京の一画に馬と暮らすことを夢みて真剣に考えていた幼い頃の事を思い出したのです。餌をどうするのか馬小屋をどうするのかそんな事を考えてはワクワクして眠りにつきました。
東京のど真ん中で馬を飼う?!
今から考えると子どもの夢とはいえどうしてこんな事を考えたのだろうと。
優しい目と大きく艶やかな美しい姿に魅せられていた事を思い出しました。
何度かこのホースガーデンちゅらんに行こうと思いったのですが、一回目は牧場の名前と場所を勘違いして浜比嘉島へ、二回目は用意周到にバイクにGoogleマップが見れるようにハンドルにフォルダーを付けて出発。一見住宅の玄関に続くアプローチのような小道を行くと、ようやく牧場に着きました。

代表の下村エルザベスさんがクラウドファンティングでこのように述べていました。
数年前のクリスマスイブに出会った一頭の馬イザベル、年内に買い手が見つからなければ馬肉になる運命でした。迷う暇もなくこの馬を引き取り、その後から多くの馬たちがこの子のように不要になって処分されていくのだと知りました。
人の役に立たなければ処分という厳しすぎる現実に直面している馬や産業動物を一頭でも多く救いたいと考えるようになり、家族一丸となってホースガーデンちゅらんを立ち上げました。
ベルは、琉球列島のある離島生まれの馬です。その離島で牧場を経営していた主が諸事情により牧場を放棄し、そこにいた馬たちは取り残されてしまった結果、次第にエサを求めて馬たちは自力で山へと逃げ出し、何年も自然繁殖が行われたようです。近親交配によって障害馬も産まれたりする環境で、ベルも誕生しました。しかし、観光地でもあるその島で野生化した馬が走り回っていては困るということになり、全頭捕獲命令が出されてしまいました。
もともとは家畜だったとしても野生化した馬の捕獲には相当苦労したと思います。それでも、私が聞いた捕獲方法はとても想像できないような内容でした。捕まった馬は頭に袋を被せられ、四肢をロープで縛られて倒され、その状態で馬が無抵抗になるまで放置するというものでした。それを聞いたとき、涙をこらえるので必死だったほど悲しかったのを今でも覚えています。
このように捕まった馬たちは生産用・肥育用にとそれぞれ振り分けられたのですが、ベルは馬好きな方に運よく買い取られました。その後、数年間はそちらで大切に飼われていたようですが、乗用馬としてなかなか調教できないという理由で、再び売りに出されていた時に、ベルに出会いました。
ベルは、とても肉付きがよく、タテガミも豊富で存在感ある綺麗な馬だな、というのが第一印象でした。手放す理由を聞くと、「観光乗馬に使える馬と入れ替えたいから、一週間以内に買い手が見つからなければ、馬房をあけるためにも処分する予定」というので、即決で買い取りました。
引き取った頃のベルはいつも警戒心が強く、ビクビクしており、蹄洗場に繋いで触ろうものなら無口やロープをちぎって壊し、逃れようとするほどでした。馬場で無口を外せば逃げ回っては捕まらず、しっぽもタテガミもドレッドヘアのようにもつれたままで、手入れをさせてくれるまでかなり時間を要しました。
それから約2年半が経ち、ベルはようやく心を開き始めました。呼べば来てくれたり、スキンシップ、グルーミング、散歩も大好きになりました。裏堀も頑張って脚を上げてくれます。
大好きな砂浜でのお散歩。
しかし甘えることも主張することもできず、ベルはまだまだ人間不信のままです。この先、観光乗馬はおろか、人の手からニンジンを食べられることも無理かもしれません。それでも、ベルは私たちのそばにいてくれるだけでいいと思っています。心に深い傷を負い、二度と人を信用できなくても、幸せに生きていく権利はあると信じています。
そんなベルとの暮らしの中で、「不要馬・廃馬」や「引退馬」の情報をよく耳にするようになり、人に見放されて死ぬしかない運命の馬を、ベル同様に一頭でも多く救えないかと考えるようになったのです。

細々とできる範囲内の活動ですが、動物たちの幸せな表情に癒され励まされながら頑張っています。
下村エリザベスさんの話を聞いて、安心して牧場で過ごす馬の姿に愛らしく美しいと思いました。

ハロインの日に小さななイベントを開催するそうです。是非、沢山の馬に会いにホースガーデンちゅらんにに行ってみよう。
Posted by 高橋進 at 02:02│Comments(0)
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